「ぱ・ぱ・ぱう・ぱ・ぱ」

クラーベは、ルンバクラーベ「ぱ・ぱ・ぱう・ぱ・ぱ」。
キューバでは初めてルンバを習ったときは、このフレーズを言いながらステップを踏みました。
「ぱ・ぱ・ぱう・ぱ・ぱ」の「う」が、休符を意味します。
国立舞踊団の教授と一緒に延々このフレーズを繰り返し、繰り返しして 頭の中でフレーズがぐるぐる回り気が遠くなりそうでした。

最近のサルサなどのミュージシャンは音楽学校を出ている人がとても多いようですが、宗教音楽やストリートミュージックのミュージシャンは、現場叩き上げで育ち、譜面などは使いません。その代わり、このように太鼓や楽器のフレーズを言葉にして覚えていきます。
以前、インド音楽をやっている人がタブラ奏者は、何年もかけて全部のフレーズを口で言えるようになって(口太鼓)からやっと本物の太鼓に触らせてくれるんだよと言っていましたが、多分似た感じなのかもしれませんね。

彼らの音楽のは、メロデイも訛りもスピードもコールアンドレスポンスも・・・全てをフレーズにして身に染み込ませるような方法で修行しているようです。
全部を均等に割り算して紙に書く西洋音楽の手法とは、違います。
だから時として彼らが言う「はい、せ〜の1・2・3・4!」の掛け声の「1」は西洋音楽の譜面で言うところの8だったり4だったりします。
音大出で楽譜も読めるドラマーの留学生が、先生に「さっき1から入るって言ったのに4じゃないですか!?」「頭がどこかわからない」とか言って先生に食ってかかってるのをたびたび目にしました。
伝統音楽の先生は、音大を出ていないので西洋音楽の譜面も読めません。・・・読みません。それまで読む必要なかったのです。
日本の落語や三味線、義太夫などと同じで譜面には書かず 耳で聞いて 口ずさんで 目で見て盗んで 繰り返し繰り返し叩いて習慣にしていくという方法で彼らは芸を継承していたというわけです。

でもここへきて西洋音楽の教育を受けた民族音楽好きな外国人に自分たちの音楽を教えるという必要が出てきた。
そこで、この「どこを1・2・3・4と考えるか」の理解の違いが非常にネックになってくるわけです。
伝統音楽のカッコいい様々なパターンを覚える以前に、どこで「手拍子を打つか」「どこが頭=1なのか」がわからずヤキモキしている外国人をたくさん見ました。
もちろん私もその一人です。

大好きで、進みたい、うまくなりたい、でもよく分からない。
全然、進めない。
帰国日が、迫る。
そんな自分に腹がたつ。

習う過程を含めても民族音楽って未知数で、難しいですよね。
でもね、
日本の義太夫とかお囃子の方が遥かに宇宙的で面倒かもしれません。
多分キューバ音楽以上に譜面におこせないですね。
おこしても おこしても 人それぞれ その時その時でじわりじわりと変化しちゃって多分無理のような気がします。
だから「日本人はリズム音痴だからダメダメ」とか自分が好きなものを諦めたり遠慮する言い訳にしなくても良いと思うんですよね。
外国の人が、日本のリズムを理解する方が、ある意味難しいと思いますから。

難しかけど、楽しかね〜。


カテゴリー: 音楽生活 パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です